歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第151回
―小松帯刀の家来、米国留学―

連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は、薩摩ゆかりの海援隊士シリーズの第三弾です。
白峯駿馬は海援隊士のなかで、それほど知名度は高くありませんが、小松帯刀との縁は格別です。
彼は慶応3年(1867)でも、二十歳そこそこの若僧でした。おそらく海援隊士で一番若いのではないかと思います。
その関係もあってか、小松の家来という身分で行動しているようです。

長崎で何礼之の英語塾に入門しますが、これも薩摩藩士というより、小松の家来という形だったかもしれません。

記事の末尾に書いた白峯の墓石裏の銘。
紙面には掲載できなかったので、ここに載せておきます。
右から3行目に、坂本龍馬や陸奥宗光の文字が読み取れます。
同じく4行目頭に、

「寄身小松帯刀」(小松帯刀に身を寄す)

とあるのがわかるでしょうか? 
写真をクリックすれば、拡大画面が出ます。
銘がくすんでいるので読み取りにくいかもしれませんが。
白峯


白峯はむしろ、明治になってからの人生が面白いかもしれません。
2度の米国留学、おそらく海援隊の夢を託したのであろう白峯造船所の設立と倒産。岩崎弥太郎の三菱への勤務などなど。
かなり浮き沈みが激しいです。

次回は、沢村惣之丞を取り上げる予定です。

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【2010/05/31 21:21】 | さつま人国誌
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海援隊士シリーズ
まいたけ君
 大河ドラマ「龍馬伝」には、もしかしたら登場しないのではと思われる白峯駿馬のことを、南日本新聞の連載で取り上げていただき、ありがとうございました。
 
 今後も、海援隊士シリーズを楽しみにしています!
 

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この記事へのコメント
海援隊士シリーズ
 大河ドラマ「龍馬伝」には、もしかしたら登場しないのではと思われる白峯駿馬のことを、南日本新聞の連載で取り上げていただき、ありがとうございました。
 
 今後も、海援隊士シリーズを楽しみにしています!
 
2010/06/02(Wed) 00:48 | URL  | まいたけ君 #BKdQhP/Q[ 編集]
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