歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第152回
―開成所教授と悲運な最期―

一昨日、連載が更新になったのをすっかり忘れておりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は海援隊シリーズの最後で、沢村惣之丞を取り上げました。
この人も近藤長次郎と同様、非命の人ですね。
記事の最後に書いた沢村の切腹となった事件ですが、戦乱中の出来事で、非は明らかに相手側にありました。
しかし、相手が薩摩藩に属していたのが沢村にとっては不運でした。
海援隊としては、薩摩藩の不興を買っては大変です。
沢村はただちにそのことを察知して、自分で責任をとったわけですが……。
よく言われるように、龍馬が生きていたら、薩摩藩側とうまく交渉して、沢村が落命することはなかったのではないかと思われます。返す返すも残念ですね。

沢村が弱冠22歳のとき、薩摩藩の軍事エリートを養成する開成所で蘭学教授をつとめたのは驚きですね。
蘭学を勉強できたのは、勝海舟の門弟として江戸にいたとき、神戸の海軍操練所にいたとき、その閉鎖後に江戸にいた時期しかありません。
一応、佐藤与之助からじきじきに伝授されたのではないかと推定してみました。正しいかどうかはわかりません。
しかし、実質3年ほどの勉強で教える側になれるのですから、よほど優秀だったのでしょうね。

次回はサッカーのW杯にちなんだ話題にしたいと思っています。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
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【2010/06/16 16:33】 | さつま人国誌
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