歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」第153回
―朝鮮陣でも熱中、免許皆伝―

連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回はサッカーのワールドカップにちなんだテーマです。
日本の蹴球「蹴鞠」と薩摩の関係を取り上げました。

薩摩の関係者で蹴鞠といえば、まっ先に思い浮かぶのは記事にも書いた島津忠恒(のち家久)です。
でも、忠恒以前から島津氏ならびに家中では蹴鞠に関心を示していました。
ほかにも連歌、和歌、茶道などもあります。公家文化や上方文化に大いに好奇心を持ち、その摂取に熱心だったことがうかがえます。
忠恒はそうした系譜のなかに属しながら、とりわけ蹴鞠に熱心だった人物です。
おそらく初めて上京したとき、蹴鞠を見てほれ込んだのでしょう。
肥前名護屋や朝鮮陣で、まず最初にしたことが蹴鞠の庭普請というあたりがなんとも。
とくに戦場で蹴鞠に熱中するのはいかがかという批判があったのではないかと思いますが、忠恒は馬耳東風だったようです。
付き合わされる側近の家来たちにも同情してしまいます。
庭に網を張ってまで打ち興じています。これは忠恒の技倆不足か、家来たちのそれかどうかはわかりません。
馬術などは技倆不足が指摘されている忠恒ですが、蹴鞠だけにははまってしまったようです。
「好きこそものの上手なれ」でしょうね。

参考までに、以前、京都御所の一般公開で見学した蹴鞠の写真を載せておきます。
四隅に竹を立ててありますが、本来は樹木(柳・桜・松・かえでの4種)を立てるのが本式です。
蹴鞠


なお、記事中に「曲足」が蹴鞠道で一定の段階に達した資格のひとつではないかと書きましたが、はっきりした根拠があるわけではありません。日本国語大辞典にもこの言葉は立項されていませんでした。蹴鞠の解説書などには出ているのかもしれませんが。
国史大辞典によれば、蹴鞠の演技者を「鞠足」、その名手を「上足」、とくに優れた名手を「名足」と呼んでいたそうです。どれも「~足」が付いているので、「曲足」も「上足」の手前くらいの段階かなと思っただけです。
不勉強なので、ご存じの方がおいでなら、ご教示下さいませ。

次回から中山中左衛門(尚之介、実善)のことを書く予定です。

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【2010/06/21 19:38】 | さつま人国誌
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曲足
かわと
稲垣弘明『中世蹴鞠史の研究』(思文閣出版、2008年)によると、「曲足(高等な技)」(p.175)とあります。

さらっと書いてあるだけでこれ以上の詳しい説明はないようですが、ご参考まで。

御礼
桐野
かわとさん、こんにちは。

「曲足」についてのご教示、有難うございます。
私の臆測も当たらずとも遠からずだったようで、ホッとしました。
蹴鞠道についてのちゃんとした研究書があるのですね。こちらのご教示も有難うございます。

また、貴ブログでも、拙著の紹介をしていただき、痛み入ります。



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この記事へのコメント
曲足
稲垣弘明『中世蹴鞠史の研究』(思文閣出版、2008年)によると、「曲足(高等な技)」(p.175)とあります。

さらっと書いてあるだけでこれ以上の詳しい説明はないようですが、ご参考まで。
2010/06/21(Mon) 23:26 | URL  | かわと #klRpdzBA[ 編集]
御礼
かわとさん、こんにちは。

「曲足」についてのご教示、有難うございます。
私の臆測も当たらずとも遠からずだったようで、ホッとしました。
蹴鞠道についてのちゃんとした研究書があるのですね。こちらのご教示も有難うございます。

また、貴ブログでも、拙著の紹介をしていただき、痛み入ります。

2010/06/22(Tue) 11:58 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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