歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
今夜の「龍馬伝」第27回「龍馬の大芝居」

やってくれましたねえ。
龍馬の大芝居どころか、番組そのものが大芝居でした、それもあまり出来のよくない……。
いくらなんでも、龍馬が吉田東洋暗殺の下手人を買って出るとはやりすぎでしょうに。お龍のセリフではないですが、お節介にもほどがあります。

それに武市半平太と考えが違うと釈明してみたところで、龍馬はれっきとした土佐勤王党の一員。この一件で、勤王党への疑惑がさらに深まってしまうという展開が読めないのでしょうかね?

また、こんなお節介は半平太も喜ばないでしょうし、のちの後藤象二郎との連携という厳然たる史実とどのように帳尻を合わせるというのでしょうか? 象二郎は龍馬が伯父暗殺の犯人だと信じ込んでいることになるのですが……。

何より、この時期、龍馬が土佐に入国したとは常識的に考えられません。
まず元治元年(1864)10月頃、龍馬は関東に下っています。
これは有名な小松帯刀書簡や小生が見つけた龍馬の新出書簡によって明らかです。目的は蒸気船の入手か借用でしたが、結果として失敗しています。
その後、翌慶応元年(1865)4月5日、龍馬は京都に現れて、薩摩藩の吉井幸輔宅を訪ねていることが,土方久元の『回天実記』にあります。引用すると、

「夫れより吉井幸輔方を訪ひ、西郷吉之助、村田新八に面会、坂本龍馬も浪華より帰居面会す」

とあります。
龍馬が京都と大坂を往復しているようです。
龍馬は他の同志たちと同様、薩摩藩の大坂蔵屋敷を根城にしていた可能性が高いですね。
それと京都か伏見にはお龍がいます。伏見寺田屋に預けられていたかどうか微妙な時期ですね。

ともあれ、脱藩後、慶応元年のはじめは龍馬の消息がわからない部分が多いのはたしかです。
まあ、今回の「大芝居」はその空白の数カ月に着目して創作したのでしょう。
しかし、逆効果でしたね。

余談ですが、「龍馬伝」では今回のケースや数回前にあった池田屋事件をのぞきに行ったりとか、なぜか主役が本来そこにいないはずなのに、重要事件や重要人物に遭遇したり関わったりする場面がこしらえられます。

じつをいうと、これは「龍馬伝」に限らず、歴代の大河ドラマでよく使われた古典的な手法です、しかも興醒めな。
古くは「黄金の日日」で、主役の呂宋助左衛門が金ヶ崎の退き口に武器弾薬をもって秀吉の前に現れたり、杉谷善住坊が信長を狙撃しようとする千草越えに現れて、狙撃の邪魔をしたりしました。

近くは「利家とまつ」で、加賀にいるはずの利家がなぜか清州会議に姿を現し、鑓を振り回しました。
また「新選組」でも、近藤勇・龍馬・桂小五郎が3人揃って下田で黒船を見物しました。

こうした「現象」を、私は「大河ドラマ主役御節介症候群」と呼んでおりましたが、今回も例外ではなかったというわけです。
主役が重要事件にからまないと、制作する側は不安になるんでしょうかね?

前回あたりから気になっていたのが寺田屋に預けられたお龍と龍馬の関係。
元治元年8月からしばらくして「内祝言」または「縁組」をしていたと,お龍自身が回想しています(「反魂香」「千里駒後日譚」)。中村武生氏もほぼ事実だと推定しています(『京都の江戸時代を歩く』)。
すでに結婚しているのですから、2人の関係をあんなに他人行儀に描かなくてもいいのでは?


あと、投獄された武市半平太と岡田以蔵のこと。
2人は上士に属する白札と下士の郷士。しかも以蔵は無宿人鉄蔵ですから、半平太とは身分が違いすぎます。当然、牢獄も違います(半平太は帯屋町獄、以蔵は山田町獄)。だから、半平太のすぐそばで以蔵を拷問することなどありえませんね。

また「毒饅頭」の一件ですが、『維新土佐勤王史』の歪曲・捏造が尾を引いています。しかもそれが司馬遼太郎などの小説によって拡大再生産されて,半平太にとっては不幸な誤解が広がっていますね。

半平太が以蔵に毒を盛ったというのは事実ではありません。
ですから、『維新土佐勤王史』にあるように、「天祥丸」と隠語で呼ばれた毒薬を以蔵の食事に混入させ、以蔵がそれと知らずに食したけれども、平然としていて毒が効かなかったというのはウソです。

一方、半平太が実弟の田内衛吉をはじめ、投獄された同志たちに服毒自決を勧めたことはたしかです。
それは、打ち首や獄門になるより、自害したほうが武士としての恥辱を避けられるからです。つまり、武士の最後の名誉を守ってやろうとした好意から出たものなのです。
獄中には刀剣がありませんし、仮に持ち込めたとしても、拷問のため切腹する余力はありません。服毒しか自決の方法はなかったのです。

厳しい拷問によって自白を強いられた同志たちが何人かいました。とくに土佐藩横目井上佐市郎の暗殺を自白した面々は打ち首あるいは獄門(梟首)は免れません。だから、実際に服毒自殺した者もいます。

以蔵についても、ドラマとは異なり、井上佐市郎や本間精一郎暗殺の件をすでに自白していましたので、斬首か獄門は確実でした。ですから、他の同志同様の名誉保持の手段が実行に移されようとしました。
しかし、以蔵に無断で実行するという無茶な手段ではなく、以蔵の父義平や実弟の啓吉の了承を得てから、家族の勧めで以蔵に自決を決意させようというのが真相でした。
しかし結局、この計画は実行に移されませんでした。ドラマではそのあたりを弥太郎の震える手で代替したということでしょうか。

半平太にとって、以蔵は弟分のような親密な関係で、半平太が弟衛吉に毒薬を送って自決させたように、以蔵にもそのようにしたのはむしろ善意,好意から来たもので、しかも家族の了承を得ようとしています。

服毒自殺が名誉というのは、現代の価値観から見ると、なかなか合点がいきませんが、当時の武士道徳からすれば、最後の一線を守るために十分ありえたことだと理解してあげるべきでしょう。

土佐勤王党、なかんづく半平太を顕彰する目的で編まれた『維新土佐勤王史』の記事が、実際は半平太の評価を下げる役割を果たしているのは皮肉なことです。

この件で半平太が悪役に描かれるとすれば可哀相ですね。

なお、以蔵毒殺の一件については、

横田達雄『「維新土佐勤王史」のウソ・マコト』 2000年

が詳しいです。
横田さんは高知の郷土史家(故人)でしたが、これでもかこれでもかと『維新土佐勤王史』のウソを暴いています。私家版なので入手は難しいかもしれませんが。

なお、以蔵の名前が土佐勤王党の名簿から抹殺されたのは、おそらく井上佐市郎暗殺などの件で、他の共犯者の名前を自白して累を広げて犠牲者を増やしてしまったことが勤王党への裏切りとして咎められたからでしょうか。

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【2010/07/04 23:56】 | 龍馬伝
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昨日、録画を観て更新しようとしたのですが、力尽きて眠ってしまいました。 タイトルや予告からドラマのオリジナルとは分かっていましたが、 なんともつまらない方向に展開してしまい拍子抜けしました。 海軍操練所閉鎖で行き場を失った龍馬一行ですが、 なぜか近藤長次郎だ
2010/07/05(Mon) 12:04:51 |  shugoroの日記