歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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感想のアップが一週間遅れてしまいました。

ドラマ進行時点:慶応元年(1865)2月から7月頃のはずですが……。

第3部が始まりました。
前回までと違って、スピード感が増しました。
とくに高杉晋作の登場が強烈でした。

面白かったのですが、でも、フィクションばかりでしたね。

まず、高杉はその時期、長崎にはいないはずです。
讃岐に亡命して、侠客の日柳燕石に匿われている時期ですね。
当然、西郷吉之助にも会っていません。というか、生涯、高杉は西郷と会っていないはずです。

今回は、というか今回も時系列の混乱と出来事や事件の混同が多いですね。おそらく意図的にやっているのでしょうが……。

なお、龍馬は近藤長次郎たちとは別行動だったはずです。
また沢村惣之丞も近藤たちと一緒だったかどうか微妙です。陸奥陽之助(のち宗光)も同行していないと思います。

慶応元年の動きを時系列で整理しますと、

2月中旬
近藤長次郎・新宮馬之助・高松太郎・菅野覚兵衛・白峯駿馬・黒木小太郎ら約20人は大坂を出航して鹿児島に着き、島津家の祈祷所である大乗院の子院、威光院に収容されています。
龍馬はこのとき、同行していません。

4月25日
龍馬は前年10月以降、蒸気船の購入か借用のため、江戸・横浜に行っていましたが、近藤たちから遅れて、この日、大坂から鹿児島に向かい、5月1日に着いています。
近藤たちと合流したかもしれません。
このとき、龍馬は西郷宅に宿泊しています。有名な褌を借りた逸話もこのときです。

近藤たちはほどなく長崎に向かったと思いますが、史料不足で時期はよくわかりません。
『小松帯刀伝』によれば、小松が6月26日、鹿児島から長崎に出張しています。蒸気船開聞丸購入のためでしょう。
近藤たちは小松に同行して長崎に行った可能性がありますね。

5月16日
一方、龍馬は単独行動をとり、この日、鹿児島を発して陸路北上し、熊本で横井小楠、太宰府で三条実美ら五卿に会っている。また長州藩士の小田村素太郎(のち楫取素彦)にも会っています。その後、龍馬は長州に渡り、木戸貫治(のち孝允)らと会っていますから、薩長和解の段取りだったのかもしれません。

7月21日
長州の伊藤俊輔・井上聞多が長崎に来て、小松帯刀に会う。仲介したのは近藤長次郎である。
伊藤・井上の長崎行きは、龍馬が長州に行ってつけた段取りかもしれない。
ここで、小松が長州藩のために薩摩藩名義で軍艦と小銃購入を請け負う。これが薩長同盟への大きな一歩となった。

ドラマでは、円山の料亭引田屋で、薩長両藩士が一触触発になっていたが、このときの伊藤・井上の長崎来訪に材を採ったのだろう。
しかし、このとき、高杉はいないし、西郷もいない。薩摩藩の代表は小松帯刀である。
龍馬もいなかった。

このように、当時、長崎にいない人間ばかり集めて、ドラマが作られていたことになる。
まあ、今後の展開の伏線として必要なのかもしれないが、やはり粗っぽさは否めない。

もっとも大きいのは近藤たちも龍馬も鹿児島を経由しているのに、一切スルーされたことである。
とくに龍馬が西郷家に宿泊したのは有名な逸話であり、褌一件は西郷と龍馬の親近と友情を示していますし、ドラマでも絵になる場面だと思うのですが、どうも、このドラマはある意図をもって、2人の関係をそのようには描かないようです。
ある意図とは、2人の関係をあくまで損得づく、打算的な関係に描きたいということでしょうな。
まあ、打算的な関係でもいいですが、相互の信頼関係に裏打ちされないで、薩長同盟を仲介できるとは思わんのだけど、余計なお節介だろう。

しかし、この分では龍馬とお龍の霧島旅行もどんな視点から描かれるのやら。さらにいえば、慶応3年11月15日をどう描くか、ますます疑問や不審が高まるばかりですなあ。

次回は亀山社中の結成らしい。
高松太郎も陸奥宗光も菅野覚兵衛も白峯駿馬もみな、小松帯刀の家来なんだけど、社中結成では小松が前面に登場してくることはないんだろうな。

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【2010/07/25 00:15】 | 龍馬伝
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お久しぶりです
忍っこ
桐野先生お久しぶりです。
毎年大河ドラマの史実を無視する感はありましたが、
今回の龍馬伝は特にひどく感じられます。
西郷と龍馬が対立しているように見えますが、
最終的に龍馬暗殺に関係してくるのでしょうか
後半に入って、またどんな捏造があるのか ある意味 楽しみです。
桐野先生にお伺いしたいのですが、
時代考証ってどんな役割なんでしょうか、私の知る限り、
幕末史の本をたくさん出しておられる先生方と認識しております。
また番組制作において意図的に史実を変えてしまうことがあるんでしょうか

時代考証
桐野
忍っこさん、こんばんは。

ドラマにおいては、史実とフィクションの塩梅が難しいですね。
いろいろいじくってみても、結局、史実のほうが面白かったというのも多いです。
これぞという創作にはなかなか出逢えるものではありません。

時代考証について、何人か担当者を存じ上げていますが、共通していた感想は「制作側は時代考証の意見を聞かない」というもの。

最近、ある大河ドラマ担当のプロデューサーのインタビュー記事読みましたけど、「大きなウソはつくが、小さなウソはつかない」を歴代の制作者がモットーとしているそうです。

大きな史実は枉げるが、小さなディテール、たとえば、刀とか着物とか小道具とか細かいものは徹底的に調べるという趣旨らしいです。

私は大小ともウソをつかないか、せめて逆のほうがいいのではと思うんですが、さて、いかがでしょうか?

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この記事へのコメント
お久しぶりです
桐野先生お久しぶりです。
毎年大河ドラマの史実を無視する感はありましたが、
今回の龍馬伝は特にひどく感じられます。
西郷と龍馬が対立しているように見えますが、
最終的に龍馬暗殺に関係してくるのでしょうか
後半に入って、またどんな捏造があるのか ある意味 楽しみです。
桐野先生にお伺いしたいのですが、
時代考証ってどんな役割なんでしょうか、私の知る限り、
幕末史の本をたくさん出しておられる先生方と認識しております。
また番組制作において意図的に史実を変えてしまうことがあるんでしょうか
2010/07/25(Sun) 05:35 | URL  | 忍っこ #-[ 編集]
時代考証
忍っこさん、こんばんは。

ドラマにおいては、史実とフィクションの塩梅が難しいですね。
いろいろいじくってみても、結局、史実のほうが面白かったというのも多いです。
これぞという創作にはなかなか出逢えるものではありません。

時代考証について、何人か担当者を存じ上げていますが、共通していた感想は「制作側は時代考証の意見を聞かない」というもの。

最近、ある大河ドラマ担当のプロデューサーのインタビュー記事読みましたけど、「大きなウソはつくが、小さなウソはつかない」を歴代の制作者がモットーとしているそうです。

大きな史実は枉げるが、小さなディテール、たとえば、刀とか着物とか小道具とか細かいものは徹底的に調べるという趣旨らしいです。

私は大小ともウソをつかないか、せめて逆のほうがいいのではと思うんですが、さて、いかがでしょうか?
2010/07/25(Sun) 22:11 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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2010/07/25(Sun) 00:21:37 |  shugoroの日記
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