歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」第160回
―篤姫書簡を西郷に渡す―

昨日、連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は浅田飴の創始者でも知られる浅田宗伯を取り上げました。
以前、当ブログで教えていただいたことがヒントになりました。
彼の薩摩との関わりはほとんどこの一件だけですが、それがまさに歴史的事件でもありました。

彼が幾島付きの随行員に指名されたのは、幾島が衰弱して下半身不随状態だったため、その侍医としての同行だと思われます。
幾島はすでに大奥を離れていましたが、そんな状態の幾島が使者に選ばれたのは、篤姫の信任が厚かったのと、西郷と顔見知りだったことが大きいのでしょう。
このときから遡ること10年前の安政年間、西郷と幾島はともに京都にあって、一橋慶喜の擁立のために奔走しました。そのときの縁を活かそうとしたのでしょうね。

執筆のために史料を調べていて、気になったのは西郷吉之助の動向です。
駿府から勝海舟との会談まで、どこにいたのか史料によって異なっているような。
浅田は川崎で西郷に会ったとしていますが、史料によっては西郷はもう品川に着いていたというのもあります。
いずれが正しいのか、一次史料を精査して確認する必要がありそうですね。

浅田の写真は株式会社浅田飴さんから提供していただきました。
記して御礼申し上げます。

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【2010/08/17 22:16】 | さつま人国誌
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