歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
「亀山社中の大仕事」

ドラマ進行時点は慶応元年(1865)8月頃らしい。

日曜日にちゃんと観たのですが、もういいかなという感じですね。

長州の伊藤俊輔(のち博文)と井上聞多(のち馨)が長崎にやってきて、軍艦や小銃購入のため、グラバーと商談する場面。
なぜ、小松帯刀は出てこないの? ここでも薩摩無視ですか。
伊藤と井上が武器購入ができたのは、ほかでもない小松が間に立って保証してくれたからでしょうに。

しかも、商談成立ののち、井上は小松に同行して鹿児島に行き、島津父子や薩摩藩の重役たちと会見して、さらに和解を一歩進めました。
これを基礎にして、長州藩主の毛利父子が薩摩藩主の島津父子に和解を呼びかける書簡を送ります。
しかも、毛利父子の書簡を持参して鹿児島に行き、島津久光に対面して長州側の事情を説明したのは、ほかならぬ上杉宗次郎こと近藤長次郎です。
近年、これをもって薩長同盟の成立だという学説も登場するなど、重要な出来事です。

近藤長次郎の仕事が薩長同盟成立の基盤固めにいかに大事な役割を果たしたか、もっと描いてほしいですけど、もう来週は長次郎の切腹ですね。しかも、その死に京都にいるはずの龍馬が立ち合うのですかね?

小松の件といい、近藤長次郎の件といい、共通しているのは一貫した薩摩無視です。
脚本家が長州出身というのが、いわくありげに見えてしまいますね(笑)。

これで、近江屋事件のシナリオもだいたい見えてきました。そのうち、薩摩無視から薩摩敵視に転じるのでしょう。
もうお腹いっぱいで、腹こわしそうですから、感想書くのはやめようかなと思います。

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【2010/08/20 20:39】 | 龍馬伝
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雑感
ポッペリアン
歴史には疎いのですが、『篤姫』で小松帯刀が「Satsuma,Choshu,friend」といった時、「この時期の小松はもっと英語ができたのでは?」と疑問でした
でも、そもそも小松を登場させないというドラマづくりもあったのですね(笑

亀山社中
森重和雄
桐野さま

こんにちは!
暑中お見舞い申し上げます。

よく諸書で「亀山社中」と書かれていますが、これはやはり正確には「亀山」という場所にあった「社中」というのがいいのではないでしょうか?
不勉強なので僕も自信がないのですが、幕末のきちんとした史料で「亀山社中」と表記された史料はあるのでしょうか????
ご存知でしたらご教授してくださいませ。
よろしくお願い申し上げます。(ぺこり)

小松の英語
桐野
ポッペリアンさん、はじめまして。

たしかに「篤姫」で小松が英語を使っていましたね。
しかし、小松が英語を話せたとは思えないのですが……。
慶応2年6月に英国公使パークスを鹿児島に迎え、小松がホスト役でした。挨拶ぐらいは英語を使った可能性がないとはいえませんが、さてどうでしょうかね?

今回はまったくの小松無視ですね。
もっと可哀相なのは登場さえしない大久保一蔵でしょうか。
もっとも、登場しないだけに、大久保黒幕説はなさそうです(笑)。

亀山社中
桐野
森重和雄さん、こんにちは。

「亀山社中」と書かれた一次史料はないのではないかと思います。
「社中」はたしかあったと思います。

亀山社中は後世の造語ということになりますか。
平尾道雄さんあたりが作ったのでしょうかね?

ただ、亀山社中に限らず、似たような事例はありますね。
薩摩藩の「精忠組」にしても、同時代の史料にはありません。
本来は藩主島津茂久の諭書の宛先に「精忠士(誠中士)面々へ」とあったのが由来ですが。
あと、西郷の書簡だったかに「精忠派」と使われています。もっとも、否定的な意味ですが。

また土佐勤王党も同様で、同時代には使われておらず、「維新土佐勤王史」あたりの造語では?

ですから、亀山社中もそれほど目くじらを立てるほどではないと思います。



164go
母は鹿児島県出水市君名川出身、
父は出水郡長島出身で
わたしは広島に在するものです。
『龍馬伝』を検索し、
そこからあちらこちら渡り歩き
先生のこのブログにたどり着きました。
以来、大変興味深く読ませていただいております。

歴史ドラマと史実の関係は
おそらく昔から言われているのでしょうね。

観てもらってこそのドラマですが
大きく史実とかけ離れ
まさにそこに生きていた方を
冒涜するものではあってよいはずがありません。

先生のご活躍が
事実に近い、生々しい古人の生き様を
世に知らせるものであれば
それはとても意義深いことです。

お腹一杯とのことですが
あと少しでドラマは終わります。
腹八分ならばきっとあと二分入りましょう。
なんとかお願いいたします。
感想の続編楽しみにしております。

お礼
森重和雄
桐野さま

ご教授どうもありがとうございました。(ぺこり)

「亀山社中」って本当に誰が最初に使い始めたんでしょうね?・・・

連日酷暑が続いていますね。
ご自愛くださいませ。

思案中です
桐野
164goさん、はじめまして。

コメント有難うございます。
ご両親は出水・長島の出身ですか。
ご縁ですねえ。

龍馬伝についてのご意見も有難うございます。
なるべくご要望には添いたいと思いますが、根気が続くかどうか考えているところです。

今後ともよろしく。





お礼
ポッペリアン
桐野様
せっかくご教示いただいたのにレスが遅くなりすいません
歴史には疎いのでまた質問させていただくこともあるかもしれませんが、ご迷惑にならない限りでよろしくご指導ください

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コメント
この記事へのコメント
雑感
歴史には疎いのですが、『篤姫』で小松帯刀が「Satsuma,Choshu,friend」といった時、「この時期の小松はもっと英語ができたのでは?」と疑問でした
でも、そもそも小松を登場させないというドラマづくりもあったのですね(笑
2010/08/21(Sat) 07:18 | URL  | ポッペリアン #-[ 編集]
亀山社中
桐野さま

こんにちは!
暑中お見舞い申し上げます。

よく諸書で「亀山社中」と書かれていますが、これはやはり正確には「亀山」という場所にあった「社中」というのがいいのではないでしょうか?
不勉強なので僕も自信がないのですが、幕末のきちんとした史料で「亀山社中」と表記された史料はあるのでしょうか????
ご存知でしたらご教授してくださいませ。
よろしくお願い申し上げます。(ぺこり)
2010/08/22(Sun) 01:46 | URL  | 森重和雄 #-[ 編集]
小松の英語
ポッペリアンさん、はじめまして。

たしかに「篤姫」で小松が英語を使っていましたね。
しかし、小松が英語を話せたとは思えないのですが……。
慶応2年6月に英国公使パークスを鹿児島に迎え、小松がホスト役でした。挨拶ぐらいは英語を使った可能性がないとはいえませんが、さてどうでしょうかね?

今回はまったくの小松無視ですね。
もっと可哀相なのは登場さえしない大久保一蔵でしょうか。
もっとも、登場しないだけに、大久保黒幕説はなさそうです(笑)。
2010/08/22(Sun) 16:42 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
亀山社中
森重和雄さん、こんにちは。

「亀山社中」と書かれた一次史料はないのではないかと思います。
「社中」はたしかあったと思います。

亀山社中は後世の造語ということになりますか。
平尾道雄さんあたりが作ったのでしょうかね?

ただ、亀山社中に限らず、似たような事例はありますね。
薩摩藩の「精忠組」にしても、同時代の史料にはありません。
本来は藩主島津茂久の諭書の宛先に「精忠士(誠中士)面々へ」とあったのが由来ですが。
あと、西郷の書簡だったかに「精忠派」と使われています。もっとも、否定的な意味ですが。

また土佐勤王党も同様で、同時代には使われておらず、「維新土佐勤王史」あたりの造語では?

ですから、亀山社中もそれほど目くじらを立てるほどではないと思います。
2010/08/22(Sun) 16:48 | URL  | 桐野 #94L/QBIE[ 編集]
母は鹿児島県出水市君名川出身、
父は出水郡長島出身で
わたしは広島に在するものです。
『龍馬伝』を検索し、
そこからあちらこちら渡り歩き
先生のこのブログにたどり着きました。
以来、大変興味深く読ませていただいております。

歴史ドラマと史実の関係は
おそらく昔から言われているのでしょうね。

観てもらってこそのドラマですが
大きく史実とかけ離れ
まさにそこに生きていた方を
冒涜するものではあってよいはずがありません。

先生のご活躍が
事実に近い、生々しい古人の生き様を
世に知らせるものであれば
それはとても意義深いことです。

お腹一杯とのことですが
あと少しでドラマは終わります。
腹八分ならばきっとあと二分入りましょう。
なんとかお願いいたします。
感想の続編楽しみにしております。
2010/08/22(Sun) 22:25 | URL  | 164go #fzZwSRbU[ 編集]
お礼
桐野さま

ご教授どうもありがとうございました。(ぺこり)

「亀山社中」って本当に誰が最初に使い始めたんでしょうね?・・・

連日酷暑が続いていますね。
ご自愛くださいませ。
2010/08/23(Mon) 02:59 | URL  | 森重和雄 #-[ 編集]
思案中です
164goさん、はじめまして。

コメント有難うございます。
ご両親は出水・長島の出身ですか。
ご縁ですねえ。

龍馬伝についてのご意見も有難うございます。
なるべくご要望には添いたいと思いますが、根気が続くかどうか考えているところです。

今後ともよろしく。



2010/08/23(Mon) 13:36 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
お礼
桐野様
せっかくご教示いただいたのにレスが遅くなりすいません
歴史には疎いのでまた質問させていただくこともあるかもしれませんが、ご迷惑にならない限りでよろしくご指導ください
2010/08/23(Mon) 20:19 | URL  | ポッペリアン #-[ 編集]
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本日中にようやく帰宅しましたが、実家でタイムリーに観たのに引き続き、 せっかくだから録画したビデオでも再度観てしまいました。 更新が遅れたのは案の定、力尽きてしまったからです。 しかし、視聴率13.7%とはワースト更新にも歯止めがききませんなー。 それとも帰省や
2010/08/20(Fri) 23:45:32 |  shugoroの日記