歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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大河ドラマ「龍馬伝」34回「侍、長次郎」

ドラマ進行時点:慶応元年(1865)12月~翌2年1月頃

ようやく昨日、再放送を見ました。
今回は近藤長次郎の死がテーマになりました。
長次郎が死を選ばねばならなかった理由はまだ謎があり、真相が明らかになったとはいいがたいです。

(1)通説では、長次郎が薩長周旋の功労金を私し、それを資金にして、ひそかに英国留学するつもりだったのが、社中の面々に発覚して、社中の報酬を私したという理由で切腹したというものでした。


(2)近年、それだけではないだろうという説もあります。ドラマでもあったように、グラバーから購入した桜島丸=ユニオン号の運用(桜島丸条約)をめぐって、長州海軍局と社中との間でトラブルが発生したことが起因だという考え方です。
すなわち、条約で定められた社中の権利が反故にされ、長州側に極めて有利な条件に変更されてしまったことに、長次郎が不満を抱き、社中の面々に顔向けできないとしてみずから責任を取り、切腹したという説です。

どちらも一長一短のような気がしています。
ドラマも両方の説を折衷したような形でしたね。
もっとも、長次郎の密航が長崎奉行所に探知され、社中が捜索を受けるというのは蛇足の演出でしたね。
そんな事実はありませんし、社中は薩摩藩に帰属していますから、奉行所が手を出せるはずがないと思います。

(1)に関していえば、このとき、武器・蒸気船購入にあたった伊藤博文の木戸孝允宛て書簡(11月10日付)が重要です。
それには、上杉こと近藤が蒸気船桜島丸を長州に届けに来てくれたが、近藤は「此度一方ならず苦慮」したという。それは「薩崎陽邸監など随分俗論を吐き候由、別して苦心仕り候」というもの。薩摩藩の長崎留守居役が幕府筋に遠慮するような言辞を吐いたということのようです。この時期の同役は汾陽次郎右衛門か、市来政清あたりでしょうかね? 近藤が腰の重い彼らを説得して商談を成立させたというわけです。
そして、伊藤は近藤に「同人英国行きの志御座候処、我が藩のため両三月も遅延仕り候位のことゆえ」と述べています。近藤が英国留学の志をもっていたが、蒸気船購入の交渉のため、2、3カ月遅れてしまったというわけです。となると、近藤は同年8月か9月頃にはすでに英国留学する予定になっていたことになります。
そうだとすれば、蒸気船購入以前からの意向であり、社中のほかの面々も知っていた可能性もありますね。
また伊藤は近藤の功労を認めており、「政府(長州藩庁)よりきっと御礼これありたく愚考仕り候、金なれば百金や二百金くらいは賜り候てもよろしきかと存じ奉り候」とも書いており、近藤に長州藩からの謝礼として、100両や200両与えてもよいと提言しています。
これは金額はともかく、おそらく長州藩から給与されたのではないかと思います。
近藤がこれを資金にして英国留学をしようと思ったというのではなく、もともと英国留学するつもりだったけど、この謝礼金によってその希望に拍車がかかったということになるのでしょうか?

もっとも、外国留学はそれほど簡単ではありません。
とにかく金がかかるのです。「長州ファイブ」の面々も金の工面に苦労しています。
薩摩藩英国留学生の場合は官費留学ですから割高ですが、1人あたりの費用が数千両かかったといわれます。また船賃も一等船室で片道60両もかかります。200両程度あっても、英国に着いたらすぐなくなってしまうでしょう。

英国留学が具体性、現実性をもって考えられるとすれば、むしろ、近藤とグラバーの親密性を想定すべきかもしれません。近藤は桜島丸条約の一件では、グラバーへの義理立てに固執しているところから、グラバーとの間で何らかの約束があったかもしれないですね。
知っている人は知っていますが、薩摩藩英国留学生はグラバーの貿易ルートである長崎-上海航路を利用して渡航しています。グラバーは奄美や琉球にも出張所をもっていて、薩摩藩の密貿易に深く関与していました。
近藤もそうしたグラバーと薩摩藩の深い関係とつながっていたかもしれません。
とくに小松帯刀との縁ではないかと思っています。薩摩藩英国留学生は同年4月に密航しています。これには小松も関わっています。近藤は伊藤・井上だけでなく、小松からも薩摩藩留学生の話を聞いた可能性もあります。
また、近藤が英国留学を考えていたという8月から9月は、近藤が長州藩主毛利父子の使者として、薩摩に赴き、島津久光父子と対面した時期と重なっています。このあたりから、近藤の英国留学の希望が膨らんできた可能性もあります。
薩摩側も近藤の薩長和解についての奔走はよく知っていましたし、感謝もしていたと思います。だから、近藤は小松の家来という立場(つまり、小松から資金援助してもらう)で、グラバーの援助も受けながら、英国留学しようと思っていたかもしれませんが、確証があるわけではありません。

(2)については、伊藤と一緒にこの交渉に関わった井上馨が微妙な立場・役割を果たしたのではないかという気がしています。畏友の研究者皆川真理子さんからのご教示ですが、国会図書館憲政資料室所蔵の『井上馨関係文書』のなかに「近藤長次郎伝」が収録されています、そのなかで、この薩長交渉の部分が大きく墨塗りされて抹消されています。
だれでも推測するのは、井上もしくは長州側にとって不都合な記述があったということでしょう。
おそらく近藤の死の背後に長州側の変約もしくは違約があり、井上がそれに関わっていたのではないかと推測されますが、まだまだ真相は薮の中です。
なお、皆川さんの近年の論考に「史料から白峯駿馬と近藤長次郎を探る」(『土佐史談』240号、2009年)があり、近藤長次郎の切腹日などについて詳しく考証されています。興味のある方はご覧になって下さい。

あと、龍馬が近藤の切腹直後に下関から長崎に戻ってきて、遺体と対面する場面がありました。
もちろん、事実ではありません。
龍馬は木戸孝允が薩長同盟の交渉のため上京したのを追いかけて、慶応2年(1866)1月13日、長府藩士の三吉慎蔵や社中の池内蔵太・新宮馬之助とともに下関を発しております。
近藤の切腹日については、前述の皆川さんの考証によれば、通説の1月14日は間違いで、1月23日死亡だということです。
そうだとすれば、まさに龍馬が寺田屋で幕吏に襲撃されたその日です。
寺田屋事件で襲撃されているはずの龍馬が長崎に戻ってきて、近藤の遺体に対面できるはずがないのです。
また池内蔵太も龍馬に同行していますから、長崎で近藤に悪態をつけるはずがないのです。これは内蔵太の名誉のためにつけ加えておきます。
龍馬と近藤の惜別を描くという演出上の要請はわからないでもありませんが、違和感はぬぐえませんね。

次回はいよいよ薩長同盟締結の場面ですね。
ドラマも佳境ですが、また変な演出がなければいいですけど、予告編を見たかぎりでは、岩崎弥太郎が新選組に捕まってしまうようで、やれやれという感じです。

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【2010/08/29 13:52】 | 龍馬伝
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近藤長次郎の件
長尾敏博
桐野様 こんにちは

近藤長次郎の一件は龍馬の「術数有り余って至誠足らず。~」という言葉が印象に残っていて、長次郎の才気走った性格が災いを招いたとずっと思っていましたが、事はそう単純ではなさそうですね。私は理由2のような気がします。黒塗りの部分には何が書かれていたのでしょうね。井上馨は明治になってから財界との結びつきを強め、西郷からは三井の番頭さんとからかわれ、賄賂政治もやった人ですね。

難しい問題です
桐野
長尾敏博さん

コメント有難うございます。
近藤自害の一件は史料が少なくて、なかなか難しいですね。
でも、長州方との間で何かあったことはたしかではないかと思います。

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近藤長次郎の件
桐野様 こんにちは

近藤長次郎の一件は龍馬の「術数有り余って至誠足らず。~」という言葉が印象に残っていて、長次郎の才気走った性格が災いを招いたとずっと思っていましたが、事はそう単純ではなさそうですね。私は理由2のような気がします。黒塗りの部分には何が書かれていたのでしょうね。井上馨は明治になってから財界との結びつきを強め、西郷からは三井の番頭さんとからかわれ、賄賂政治もやった人ですね。
2010/08/29(Sun) 15:43 | URL  | 長尾敏博 #-[ 編集]
難しい問題です
長尾敏博さん

コメント有難うございます。
近藤自害の一件は史料が少なくて、なかなか難しいですね。
でも、長州方との間で何かあったことはたしかではないかと思います。
2010/09/02(Thu) 08:53 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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まずは本日の記録から。前日中に「青春18」の取材から帰ってきて、 午前様で録画を観たのですが、朝10時から新橋で打ち合わせがあったので、 そのままバタンキュ~。朝は東西線・銀座線経由で新橋へ向かうも、 銀座線が人身事故で止まってしまい、都営浅草線に振り替え。 こ
2010/08/31(Tue) 11:38:29 |  shugoroの日記
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