歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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鹿児島から先ほど帰宅しました。

ひとつ前のエントリーでお知らせした鹿児島宝山ホールでのシンポ、成功裡のうちに終了しました。

私も珍しく所定時間どおりにピタリと終えられました。
シンポもいろいろ面白い質問が出ました。

多くの聴衆のみなさん、各パネリストのみなさん、素敵なピアノ演奏をしていただいたSさん、いろいろ奔走していただいた主催者のみなさんに厚く御礼申し上げます。

また、楽屋まで陣中見舞いに来ていただいた多くの方々にも御礼申し上げます。

夕方のNHKローカルニュースでも紹介され、小生の姿が映ったそうです(汗)。

帰りの鹿児島空港で、調所一郎氏(調所広郷子孫)とそのご家族に遭遇して、びっくり。

取り急ぎの報告でした。
また「龍馬伝」見ていません。本日は寺田屋事件だったと思いますが、また土曜日の再放送になりそうです。

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【2010/09/05 23:57】 | イベント
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龍馬シンポでご挨拶した者です
木之下まこと
龍馬シンポお疲れさまでした。
もう東京に着かれたんですね。
講演に参加して私も京都に行きたくなりました。

仕事の関係で作人さんの講演のみの参加でしたが、ご挨拶できて嬉しいでした!
少しの時間だったのですが、舞い上がってしまいました。サインをいただこうかと「島津退き口」の本も持参していたのですが、たくさんの方々がお待ちになっていたので諦めました。

調所一郎さんと同じ飛行機だったのでしょうか?
私も先日、友人の紹介でお会いしたところでした。調所さんの名刺には感動しました。

また、作人さんにお会いできる日を楽しみにしております。

お疲れ様でした
ずっちゃん
昨夜はお声かけ頂き有難うございました。ここ10日ほど一度横浜に戻った以外、講演、先祖の墓参り・掃除などで、ずっと鹿児島でした。せっかくのシンポジウムの時は指宿白水館で先約があり伺えず、申し訳ございません。今回は福昌寺跡の笑左の墓の管理名義が私と弟になっていることから、弟一家も連れて行った所でした。今後とも弟一家共々、宜しくお願い申し上げます。
調所一郎 拝

東京と鹿児島のシンポお疲様でした!
木脇祐秀 末裔 ひろみ
8/30の東京、そして9/5鹿児島でのシンポジウム大変にお疲れ様でした。私は東京に参加しましたが、桐野さんの薩摩サイドの切り口トークは、非常に興味深かったです。。毎週の「龍馬伝」を見ながら、追っての桐野さんのコメントが楽しみです。関ヶ原の木脇祐秀の幕末期子孫(私の5代前)は、長崎海軍伝習所に薩摩藩の第1期に御軍賦役の任について参加し、小松帯刀とも西洋砲術の専門家として交流していました。元治元年から慶応2年春まで摂海砲台築造のため大坂へ上っています。龍馬とニアミスをしていたかもしれません

御礼
桐野
木之下まことさん

講演会にご参加いただき、有難うございます。
内容などいかがだったでしょうか?
京都に行ってみたくなったというのは、画像のせいでしょうか?

サインもできずに失礼しました。



お疲れさまです
桐野
ずっちゃんさん

最近はそんなハンドルをお使いですか(笑)。
もう少しお話しできればよかったですね。
次回にでもまた。


摂海砲台築造
桐野
木脇祐秀 末裔 ひろみさん

ご声援有難うございます。
幕末期のご先祖は摂海砲台築造に加わってらしたのですか。
同砲台への薩摩藩の関わりは、私もよく知りません。そのうちまた教えていただければ幸いです。

取り急ぎ御礼まで。


次回お会いしたときにはサインお願いします(笑
木之下まこと
作人さんの講演で、龍馬と鹿児島の深い関係を知ることができました。鹿児島人であることに誇りさえ感じた次第です。土佐にも行きたいなぁ。

京都に行きたくなったのは、講演会資料2ページの「京都の近衛家 図録」での説明を受けたことで、行きたい気持ちになりました。小松邸の御花畑、ロマンチックというか真実が知りたいですね。

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この記事へのコメント
龍馬シンポでご挨拶した者です
龍馬シンポお疲れさまでした。
もう東京に着かれたんですね。
講演に参加して私も京都に行きたくなりました。

仕事の関係で作人さんの講演のみの参加でしたが、ご挨拶できて嬉しいでした!
少しの時間だったのですが、舞い上がってしまいました。サインをいただこうかと「島津退き口」の本も持参していたのですが、たくさんの方々がお待ちになっていたので諦めました。

調所一郎さんと同じ飛行機だったのでしょうか?
私も先日、友人の紹介でお会いしたところでした。調所さんの名刺には感動しました。

また、作人さんにお会いできる日を楽しみにしております。
2010/09/06(Mon) 02:24 | URL  | 木之下まこと #1jhbtX.k[ 編集]
お疲れ様でした
昨夜はお声かけ頂き有難うございました。ここ10日ほど一度横浜に戻った以外、講演、先祖の墓参り・掃除などで、ずっと鹿児島でした。せっかくのシンポジウムの時は指宿白水館で先約があり伺えず、申し訳ございません。今回は福昌寺跡の笑左の墓の管理名義が私と弟になっていることから、弟一家も連れて行った所でした。今後とも弟一家共々、宜しくお願い申し上げます。
調所一郎 拝
2010/09/06(Mon) 11:49 | URL  | ずっちゃん #tklJSNtk[ 編集]
東京と鹿児島のシンポお疲様でした!
8/30の東京、そして9/5鹿児島でのシンポジウム大変にお疲れ様でした。私は東京に参加しましたが、桐野さんの薩摩サイドの切り口トークは、非常に興味深かったです。。毎週の「龍馬伝」を見ながら、追っての桐野さんのコメントが楽しみです。関ヶ原の木脇祐秀の幕末期子孫(私の5代前)は、長崎海軍伝習所に薩摩藩の第1期に御軍賦役の任について参加し、小松帯刀とも西洋砲術の専門家として交流していました。元治元年から慶応2年春まで摂海砲台築造のため大坂へ上っています。龍馬とニアミスをしていたかもしれません
2010/09/06(Mon) 22:31 | URL  | 木脇祐秀 末裔 ひろみ #-[ 編集]
御礼
木之下まことさん

講演会にご参加いただき、有難うございます。
内容などいかがだったでしょうか?
京都に行ってみたくなったというのは、画像のせいでしょうか?

サインもできずに失礼しました。

2010/09/07(Tue) 22:03 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
お疲れさまです
ずっちゃんさん

最近はそんなハンドルをお使いですか(笑)。
もう少しお話しできればよかったですね。
次回にでもまた。
2010/09/07(Tue) 22:04 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
摂海砲台築造
木脇祐秀 末裔 ひろみさん

ご声援有難うございます。
幕末期のご先祖は摂海砲台築造に加わってらしたのですか。
同砲台への薩摩藩の関わりは、私もよく知りません。そのうちまた教えていただければ幸いです。

取り急ぎ御礼まで。
2010/09/07(Tue) 22:07 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
次回お会いしたときにはサインお願いします(笑
作人さんの講演で、龍馬と鹿児島の深い関係を知ることができました。鹿児島人であることに誇りさえ感じた次第です。土佐にも行きたいなぁ。

京都に行きたくなったのは、講演会資料2ページの「京都の近衛家 図録」での説明を受けたことで、行きたい気持ちになりました。小松邸の御花畑、ロマンチックというか真実が知りたいですね。
2010/09/08(Wed) 18:47 | URL  | 木之下まこと #1jhbtX.k[ 編集]
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