歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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第37回「龍馬の妻」

ドラマ進行時点は、慶応2年(1866)1月末~3月初旬

まず、今回のタイトルですが、龍馬とお龍はとっくに縁組しています。
もっとも、龍馬が姉乙女に宛てて寺田屋事件を知らせた書簡(慶応2年12月4日付)に、

「京のやしきに引取て後は小松、西郷などにも申し、(お龍を)私妻と知らせ候」

とあります。ドラマはこの記述に拠っているのでしょう。
これは寺田屋事件直後に、龍馬がお龍を妻だと小松や西郷に知らせただけで、このとき縁組したとは限らないでしょう。

今回は寺田屋事件のあとの混乱を描いていました。
でも、伏見の薩摩藩邸と京都の薩摩藩邸の区別がはっきりしませんでした。
前回を見逃したのですが、すでに京都の藩邸に移っていたのでしょうか?
お龍の回想によれば、伏見から京都に移るとき、負傷した龍馬は駕籠で、お龍は男装して小銃をもって兵士に扮装したとのこと。このあたりは再現すれば面白かったはずですが、前回描かれたのでしょうかね?

薩長同盟の裏書を苦労して書いている場面がありました。
木戸貫治の同盟内容を書いた長文の手紙をもってきたのは、木戸に同道していた薩摩藩士の村田新八でしたが、村田の登場もなかったですね。

この裏書、薩長の交渉に立ち合った証人である龍馬の自筆だということになっています。
証人である以上、直筆だと私も思いたいのですが、龍馬の字にしては多少達筆すぎないかという素朴な疑問はあります。
龍馬がこの裏書を書いた翌日(2月6日)、木戸に手紙を書いていますが、その筆致とも違う気がします。とくに「龍」の字のくずし方が違いますね。もっとも裏書のほうが公文書に準じるものですから、楷書に近い字で丁寧に書いたともいえますし、わずか1日で傷が劇的に治るとは思えませんから、6日付の手紙が龍馬の真筆なら、裏書もそうだともいえそうです。

同書簡には寺田屋事件の顛末も書かれていて、負傷した手は「ピストールを持ちし手を切られ」とあります。ふつうなら、右手でピストルを持っていたと思われますが、もしそうなら、字が書けたのかどうか。
あるいは、右手に刀、左手にピストルだったのでしょうか?
一方、兄権平に宛てた手紙には「左右の指に手を負ひ」とあり、左右の指を負傷してます。これならなおさら、字を書くのは難しそうですが、事件から2週間ほど経過していますから、字が書ける程度には回復していたと見てよいのでしょうね。

だいぶ回復した龍馬はお龍を連れて鹿児島に行きますが、途中、長崎に立ち寄りました。
これは史実どおりですね。
このときは薩摩藩蒸気船の三邦丸に乗船しています。西郷吉之助や小松帯刀も一緒でした。

舞台が長崎に移って、グラバー邸の屋根裏部屋に高杉晋作が潜んでいました。
これは若干事情が違いますね。
この時期、高杉は伊藤博文と一緒に薩摩に行こうとしていました。薩摩行きの目的は、英国公使パークスが薩摩を表敬訪問すると聞き込み、高杉も長州藩主の親書を持参して長州代表としてパークスに会おうというものでした。
高杉と伊藤に藩当局から薩摩行きの許可が出たのが2月27日です。その前日、高杉が木戸に宛てた書簡には「薩人英夷応接近々これある由にて、小松・西郷なども西行の由」と書いており、西郷と小松が京都から鹿児島に帰るという情報をつかんでいます。
ほかでもない、それが薩摩藩蒸気船の三邦丸で、これには西郷と小松だけでなく、龍馬とお龍も乗り込んでいました。

高杉は下関で三邦丸に乗ろうと思っていたようです。ところが、どういう理由からか乗れていません。高杉のことですから、下関で飲んだくれていたのかもしれません。

それで、高杉が下関から長崎に向かうのが3月21日です。許可が下りてから1カ月近くたっています。
高杉は大坂から長崎に向かうグラバーの船に乗っています。おそらく翌22日には長崎に着いたのではないでしょうか。

しかし、三邦丸が長崎に立ち寄ったのは、龍馬の「手帳摘要」によれば、3月8日です。鹿児島着は10日です。
どう考えても、すれ違いであり、高杉が長崎で龍馬に会えるはずがありません。
おいてけぼりの形になった高杉は長崎の薩摩藩留守居の市来六左衛門を訪ねますが、パークスの鹿児島来訪はまだ先であること、鹿児島には薩長同盟のことを知らない人々がいるので、高杉が鹿児島入りしたら、不測の事態が起こらないとも限らないと忠告されたため、高杉は鹿児島行きを諦めて藩主の親書を市来に手渡しています。
その後、高杉は長崎で軍艦を購入し、さらに清国行きを計画しますが、結局、第2次長州戦争勃発のため、それも取り止めました。

次回はいよいよ高千穂登山ですね。
初めて、薩摩が描かれます。おそらくこれっきりでしょう。

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【2010/09/12 23:47】 | 龍馬伝
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京都と伏見の薩摩藩邸
NAO4@吟遊詩人
こんにちは。

前回の「寺田屋騒動」では、伏見と京都の薩摩藩邸を描き分けていました。西郷が、伏見に兵と医者を使わすよう指示しておりまして、西郷がいる場所が暗に京都藩邸であることが分かるようになっていました。

前回は、龍馬が戸板で運び込まれたのはおりょうの待つ伏見藩邸でしたので、前回の連続からすると、今回の「龍馬の妻」で龍馬が静養していたのは、伏見の藩邸ではないかと思い込んでしまいました。

本当は、京都の藩邸であるべきだったのですね。伏見から京都へ移った過程は、従って無かったのではと思います。

よくわかりました
桐野
NAO4@吟遊詩人さん、お久しぶりです。

やはり前回、伏見から京都の藩邸に移っていたのですね。それで合点がいきました。

当時、伏見と京都は違う都市なので、本来はその違いを鮮明にしたほうがいいと思います。
移動の際のエピソードなどは面白いのに、使わなかったとはもったいないですね。



164go
やはりドラマを観て先生のお話を読ませていただくと、大変興味深い、いや、とても面白いです。

先日、『さつま人国誌』購入し読ませていただいております。
これまた面白い。
英雄もまた人、偉人たちの生きた様が生々しく伝わってくるようです。

面白ついでと言っては、失礼なのですが
偶然、私の知人が
「幕末以降の史実を学びたい」
と尋ねてきたので
先生のことを伝えたところ、とても喜んでくれました。

広島の片隅の者たちですが、ちょっと盛り上がってます。
ご縁がありましたこと、ありがたく思っております。

有難うございます
桐野
164goさん

拙著を読んでいただき、また友人の方にも勧めていただき、有難うございます。

これからもこのブログを読んでいただければ幸いです。

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京都と伏見の薩摩藩邸
こんにちは。

前回の「寺田屋騒動」では、伏見と京都の薩摩藩邸を描き分けていました。西郷が、伏見に兵と医者を使わすよう指示しておりまして、西郷がいる場所が暗に京都藩邸であることが分かるようになっていました。

前回は、龍馬が戸板で運び込まれたのはおりょうの待つ伏見藩邸でしたので、前回の連続からすると、今回の「龍馬の妻」で龍馬が静養していたのは、伏見の藩邸ではないかと思い込んでしまいました。

本当は、京都の藩邸であるべきだったのですね。伏見から京都へ移った過程は、従って無かったのではと思います。
2010/09/13(Mon) 21:58 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
よくわかりました
NAO4@吟遊詩人さん、お久しぶりです。

やはり前回、伏見から京都の藩邸に移っていたのですね。それで合点がいきました。

当時、伏見と京都は違う都市なので、本来はその違いを鮮明にしたほうがいいと思います。
移動の際のエピソードなどは面白いのに、使わなかったとはもったいないですね。
2010/09/15(Wed) 00:36 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
やはりドラマを観て先生のお話を読ませていただくと、大変興味深い、いや、とても面白いです。

先日、『さつま人国誌』購入し読ませていただいております。
これまた面白い。
英雄もまた人、偉人たちの生きた様が生々しく伝わってくるようです。

面白ついでと言っては、失礼なのですが
偶然、私の知人が
「幕末以降の史実を学びたい」
と尋ねてきたので
先生のことを伝えたところ、とても喜んでくれました。

広島の片隅の者たちですが、ちょっと盛り上がってます。
ご縁がありましたこと、ありがたく思っております。
2010/09/16(Thu) 00:51 | URL  | 164go #fzZwSRbU[ 編集]
有難うございます
164goさん

拙著を読んでいただき、また友人の方にも勧めていただき、有難うございます。

これからもこのブログを読んでいただければ幸いです。
2010/09/19(Sun) 08:56 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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ここんところ毎週のように取材に出かけていましたが、 久々にタイムリーに観ることができました。 それにしても昨日は9月6~10日の穴埋めで、 1日費やしてしまったような形で、その勢いで『龍馬伝』も更新します。 それにしても低迷している毎週の視聴率も気がかりですね
2010/09/13(Mon) 00:57:33 |  shugoroの日記
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