歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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「馬関の奇跡」

ドラマ進行時点:慶応2年(1866)6月~7月

いよいよ四境戦争が始まり、馬関海戦や長州軍の小倉上陸などが派手に展開されました。
不戦平和主義だったはずの龍馬がなぜか非常にやる気だったですね。

実際、龍馬が兄権平などに宛てた手紙(12月4日付)には、

「拠んどころなく長州軍鑑(軍艦)を引て戦争せしに是は何の心配もなく、誠に面白き事にてありし。一、惣じて咄し(はなし)と実(まこと)は相違すれ共、軍(いくさ)は別して然り」

史実の龍馬は、この戦争を「誠に面白き事」だと述べています。ドラマとはえらい違いです。
引用冒頭に「拠んどころなく」(しかたなく)とありますが、まさかこの一節から、不戦平和主義だったけど、しかたなく戦争したと解釈したわけではないでしょうね?
これは長州藩に蒸気船が不足していたから、ユニオン号(乙丑丸)が協力したという意味ですから。

戦争が終わったあと、龍馬が木戸と高杉とで三者会談をしている場面がありました。
木戸が幕府を倒すには武力しかないと言ったのに対して、龍馬がもう戦争はここまでにしようと、またまた「不戦平和主義」を発揮します。いやはやですね。
その後、史実の龍馬は大政奉還の直前、小銃1000挺を買って土佐藩の討幕派(板垣退助など)に引き渡していますよ。
この史実とどう折り合いをつけるんでしょうね? この一件は龍馬の主義主張を端的に示していますが、ドラマの「不戦平和主義」というコンセプトと矛盾して都合が悪いから、きっと無視するんでしょう。

また龍馬が「大政委任論」(幕府が朝廷から政権を委任されているという考え方)に基づく政権返上を主張すると、木戸が龍馬に「大政奉還」だと教えてくれたばかりか、筆で書いてくれましたね(笑)。これは龍馬にというより、むしろ視聴者に対して、今後、重要なキーワードですよと示唆してくれたのでしょう。ご丁寧なことです。

でも、龍馬は初めて聞いたような様子でしたが、知らないはずがないでしょう。龍馬は大久保一翁、横井小楠、勝海舟といった当代随一の開明思想家の薫陶を受けているのですよ。
大政奉還論をほとんど最初に唱えたのは幕臣の大久保一翁で、文久2年(1862)10月のこと。四境戦争から4年近く前のこと。
一翁は松平春嶽と横井小楠に大政奉還論を次のように述べています(『続再夢紀事一』文久2年10月20日条)

「万一京都(朝廷のこと)に於いてお聞き納れなく矢張り攘夷を断行すべき旨仰せ出されなば、断然政権を朝廷に奉還せられ、徳川家は神祖(家康)の旧領駿・遠・参の三州を請い受けて一諸侯の列に降らるべし」

一翁から直接薫陶を受けた龍馬が「大政奉還」という言葉を知らないはずがないです。この言葉を知らなかったら、「大政委任論」も知らないはずです。「委任」と「奉還」は対偶のセットなのですから。

せっかく一緒に戦ったのに、龍馬と木戸は意見が対立する形になりました。高杉は龍馬の意見に理解を示していましたが、あと半年ほどすれば他界する人です。これで長州に龍馬の理解者はいなくなるという設定でしょうか。
脚本家の出身県である長州さえそうなのですから、今後、薩摩に対しても推して知るべしですね。ましてや、ミッチー大久保が登場するのですから。西郷は人がよいというイメージがあるので、どうも大久保が迷う西郷を押し切って……というプロットがありえそうですね。

聞くところによると、制作側では近江屋事件はオーソドックスに見廻組の仕業として描くそうですが、予想どおり黒幕を出すそうですよ。

世論の反発を受けにくい候補は大久保と後藤ですかね? 私は前者だと予想しております。
見廻組に命令を出せるのは誰か考えれば、すぐ結論はわかることだと思いますが、世間には珍妙な意見があふれていますからね。


あと、岩崎弥太郎が長崎に行って、大威張りでしたね。
しかし、時期が違います。
弥太郎が長崎に行くのは翌慶応3年3月です。
ですから、ドラマは9カ月も早いです。

また弥太郎に長崎行きを直接命じたのは後藤象二郎ではなく、福岡藤次(のち孝弟、当時仕置役)です。まあ、後藤の内意だったかもしれませんが。
また、長崎行きも福岡と同行しています。福岡は龍馬と中岡慎太の脱藩赦免と陸海援隊結成のために赴いたわけです。

昨年の大河ドラマが「義」「義」と唱えて興ざめでしたが、今年は「不戦」「不戦」ですね。

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【2010/09/27 00:32】 | 龍馬伝
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戦後的価値観の押し売り
御座候
いいかげん龍馬を反戦平和主義者に仕立て上げるのはやめてほしいです。



>龍馬は大久保一翁、横井小楠、勝海舟といった当代随一の開明思想家の薫陶を受けているのですよ。


世間では「人々の常識を超えた気宇壮大な構想を持った天才」というイメージが流布しているように感じられますが、龍馬の政治構想は独創というよりも学習の要素が強いように思われます。

龍馬の本領はむしろ周旋能力にあったんじゃないですかね?

同感です
桐野
御座候さん

義憤ごもっともです。
私もまったく同感です。
ブログでも現代的価値観を幕末に投影することの無意味、弊害を縷々述べてきました。

龍馬の政治構想も仰せのとおりで、先達からの「学習」によるものだと思います。もっとも、その咀嚼力と応用力は侮れないかもしれません。

近年は「船中八策」の実在が疑われていますし、ましてや、八策が大政奉還建白に影響を与えたというのも疑問視されていますね。
龍馬「全能」論には鼻白んでしまいます。

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戦後的価値観の押し売り
いいかげん龍馬を反戦平和主義者に仕立て上げるのはやめてほしいです。



>龍馬は大久保一翁、横井小楠、勝海舟といった当代随一の開明思想家の薫陶を受けているのですよ。


世間では「人々の常識を超えた気宇壮大な構想を持った天才」というイメージが流布しているように感じられますが、龍馬の政治構想は独創というよりも学習の要素が強いように思われます。

龍馬の本領はむしろ周旋能力にあったんじゃないですかね?
2010/10/02(Sat) 12:16 | URL  | 御座候 #vWEeux/c[ 編集]
同感です
御座候さん

義憤ごもっともです。
私もまったく同感です。
ブログでも現代的価値観を幕末に投影することの無意味、弊害を縷々述べてきました。

龍馬の政治構想も仰せのとおりで、先達からの「学習」によるものだと思います。もっとも、その咀嚼力と応用力は侮れないかもしれません。

近年は「船中八策」の実在が疑われていますし、ましてや、八策が大政奉還建白に影響を与えたというのも疑問視されていますね。
龍馬「全能」論には鼻白んでしまいます。
2010/10/03(Sun) 09:09 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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久々にタイムリーに観て更新します。 いよいよ「FINAL SEASON」に突入ということですが、 やはりストーリー的に尻すぼみになっている感は否めませんね。 オープニングは岩崎邸で坂崎紫瀾が取材を続けるところから。 グラバーや弥太郎の母・美和も登場しました。 ここで弥太
2010/09/27(Mon) 02:09:14 |  shugoroの日記
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