歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第165回
―江戸かく乱工作の首謀者―

昨日、連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回も伊牟田尚平シリーズです。
いよいよ慶応3年(1867)後半の江戸攪乱工作に入ります。
伊牟田の生涯でも絶頂期、幕末維新期でも大きな意味をもつ足跡です。

流罪から赦免された伊牟田ですが、それから2年ほどの間、何をしていたのかよくわからない空白期です。
おそらく上京していたと思うのですが、ほとんど史料に現れません。

その消息がはっきりわかるのが慶応3年秋からです。
伊牟田が益満休之助とともに、密命を帯びて江戸に下るいきさつも少し書きました。
桐野利秋『京在日記』が典拠です。
伊牟田と益満に密命を下したのは、在京薩摩藩重役であるのは間違いないところで、西郷だとしてもさほど間違いではないと思います。

10月10日頃、江戸の芝上屋敷に、相楽総三・落合直亮・科野東一郎・権田直助などの浪士の首魁が集まり、江戸攪乱工作が練られます。
もっとも、実行に移されるのは、11月下旬の出流山挙兵からです。

次回は江戸での攪乱工作、なかでも、伊牟田の江戸城二の丸放火についてです。

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【2010/09/28 10:14】 | さつま人国誌
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