歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
本日夕刻、無事帰宅しました。

郷里出水市での講演もつつがなく終わりました。
親戚や知友も数多く参加してくれ、盛況のうちに終わりました。
渋谷市長や溝口教育長にも出席していただき、御礼申し上げます。

郷里に龍馬が足跡を残しているというわずかな史実から、その旅の目的は何だったかまで、かなり膨らませて話をしました。
龍馬が肥後への出国手続きをした津町の米ノ津は私の通った中学校の近くです。
また龍馬の世話をした「右下直右衛門」なる町役人については、別の解釈を示しました。
津口番所に勤務する藩の役人ではなく、また龍馬に付き添った児玉直右衛門でもなく、津町の顔役、つまり町人だろう、また「右下」は名字ではない(だいたいそんな名字は当地周辺に存在しないと思います)といった話もしました。

米ノ津を出国したのち、龍馬は太宰府を経由して下関に行き、桂小五郎と会見しています。
そのいきさつが書かれている史料を何気に読んでいて、別のことを思いつきました。まだ考えがまとまっていませんが……。

渋谷市長はじめ、教育部長のU村君(高校と部活の同級生)、今回イベントのきっかけを作ってくれた歴史民俗資料館のH岡君(高校と部活の同級生)やI上さん、出水市立図書館のM館長、K野次長、何度も送迎していただいたN村さんをはじめ、市役所関係のみなさんにもお礼申し上げます。

その後、鹿児島市まで戻り、仕事上の友人たちと宴席。
最近珍しく連日の酒宴で、肝臓がさぞや驚いたことでしょう。
焼酎が進みました。

本日午前中は雨の中、ホテルから黎明館まで歩く。
目当ては「甦る島津の遺宝」という特別展。
島津本家だけでなく、都城島津家をはじめとした分家、さらに島津家の子女(とくに重豪の)が養子に入ったり、嫁いだりした大名家(筑前黒田、八戸南部、岡山池田、中津奥平など)からの展示もあったことが新味で興味深かった。

個人的には、二本松の京都藩邸を相国寺から借用したときの約定書などが大変興味深かった。
当時の相国寺の境内や塔頭の分布などがわかり、そのうちのどこが藩邸の敷地として借用されたか朱書されていたので、よくわかった。

また大河ドラマがらみで、ミニ龍馬史料展示もあった。
出展されていたのはわずか2、3点だったが、いずれも龍馬の慶応元年(1865)4~5月の鹿児島から下関までの旅に関わる書簡。玉里島津家史料に収録されて一時期話題になった渋谷彦助書簡もあった。
ちょうど私が出水で話をしたことと関わっていて奇遇だった。

同館では、ほかにも南米シカンの秘宝展も開いていて、こちらは多くの観客がいた。
またお隣の市立美術館では、田中一村の大展示会をやっていたが、時間の関係で泣く泣く観賞を断念した。残念だった。

というわけで、充実した帰郷でした。

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【2010/10/24 21:59】 | イベント
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