歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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このところ、講演と拙稿関係の記事しか掲載できませんでしたが、一段落したので、この間頂戴したものをご紹介します。

1.石田文一氏より
 佐藤孝之編『古文書の語る地方史』吉川弘文館 2010年
 
帯に「関ヶ原合戦、棟札、墓所探し、旗本陣屋、由緒書、美人局、狼狩、コレラ、戊辰戦争」とあるように、地方史の諸側面が取り上げられています。
 友人の石田氏は「中院家の墓所探し」を執筆、加賀で没した公家の記憶をたどっています。
 個人的には、見瀬和雄氏の「関ヶ原合戦前夜の北陸と前田利長」に注目。

2.天野忠幸氏より
 「戦国期の宗教秩序の変容と三好氏」『織豊期研究』12号 2010年
 
戦国三好氏の研究者である天野氏ですが、今回は戦国・織豊期の権力者の禅宗による葬礼の変容過程を明らかにします。とくに三好氏の葬礼と、秀吉が実施した信長や豊臣一族のそれが親近性があり、室町幕府の武家秩序が葬礼の面から相対化されたとしています。
 それにしても、私は織豊期研究会の会員なのですが、まだ当該会誌が送られてこないのはどうしてでしょうか?

3.福島克彦氏より
 「伏見城の機能とその破却について」『ヒストリア』222号 2010年
 
先日、大山崎の講演でお世話になり、頂戴しました。伏見城の変遷は近年、指月と木幡山で4期に分けられるようになりました。
 2期指月では、朝鮮使節を迎えるために、天守や御殿が造成されるなど、外国を意識した対外的な権威づけがなされたという点や、関ヶ原合戦後の4期木幡山では、徳川氏が豊臣氏曲輪名称を基本的に継承しながらも、西日本の「~丸」ではなく、東日本の「~曲輪」表現が導入され、東西両者の城郭呼称が併存している点を指摘しているのは興味深いです。

4.阿部哲人氏より
 米沢市上杉博物館の図録『図説 直江兼続―人と時代―』2010年、『直江兼続生誕450年 特別展上杉家家臣団』2010年

 同館の阿部氏より拙稿を参考にしたとのことで重厚で立派な図録をご恵贈いただき、かえって恐縮する。とくに前者には小島毅・中野等・山田邦明・八鍬友広の諸氏の論考も掲載されていて読み応えがあります。近年の上杉氏研究が大きく発展していることがよくわかります。

5.川戸貴史氏より
 「一六世紀後半京都における金貨の確立」 池享編『室町戦国期の社会構造』吉川弘文館 2010年

輪読会でご一緒している川戸さんから頂戴。近年意欲作を続々と発表しています。今回も一緒に輪読している『兼見卿記』からの成果が一部活かされています。とくに有名な割によくわからない天正大判について、従来、天正16年(1588)に鋳造が開始されたという教科書にも載っている定説を覆して、遅くとも前年の15年には鋳造されていたことを明らかにした点は興味深いですね。同じテキストを使った輪読会でも、私など及びもつかない経済史的な視点は勉強になります。

6.金子拓氏より
 『東京大学史料編纂所報』45号(2009年度) 2010年 東京大学史料編纂所
 
『信長記』科研でご一緒した金子氏より頂戴。科研の趣旨が東大史料編纂所の所蔵史料充実にも益すべしということで、その成果を反映させた報告「『信長記』諸本の史料学的研究」が含まれています。
 ほかにも興味深い研究報告が多数収録されています。

ご恵贈いただいた諸氏に感謝です。

ほかにもいただいた記憶があるのですが、机まわり混雑のため落ちていましたら、申し訳ありません。次の機会にまたご紹介することでお許し下さい。

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【2010/11/12 08:36】 | 新刊
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