歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」第173回
―情報通信の新時代開く―

連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

寺島宗則の続きで、メインのテーマである電信についての話です。
冒頭にも書いたように、大久保利通の曽孫・利泰氏からロンドン・タイムスの記事を見せてもらったのはもう数年前ですが、ずっと印象に残っていて、いつか記事にできないかと思っていました。

幸い、昨年の帰郷のとき、照国神社をうろうろしていたら、偶然、鶴丸城旧二の丸にあった探勝園跡の電信碑を見つけて撮影できたので、何とかなるなと思いました。
念じていると、何となく叶うというか、向こうからチャンスが接近してくるように感じます。
まあ、錯覚というか、単なる偶然でしょうが(笑)。

寺島宗則は私の郷里の出身なので、思い入れもあるからでしょうが、やはりすごい人だと思います。
本来は学者でありながら、政治家としてもすごい見識と実行力をもっていたと思います。
首相になってもおかしくないくらいだったと思いますが、薩英戦争で捕虜になった一件が瑕疵となり、薩閥では傍流の道を歩まざるをえなかったのだろうなと思います。五代友厚が実業界に転じたのも、寺島と同じ境遇だったからでしょうか?

薩摩藩の人材といえば、西郷に連なる軍人系統が注目され、それがまた「薩摩」のイメージを形づくっていますけれども、私は最近、寺島や五代をはじめ、中井弘、町田久成、野村盛秀、鮫島尚信、上野景範、重野安繹といった人々に興味があります。彼らをいちばん理解していて、その使い道を知っていたのは大久保利通だったかもしれませんが。

寺島といえば、亡命中の寺島を助けた清水卯三郎がいるのを思い出しました。薩英戦争のとき、英国艦隊の旗艦ユーライアス号に乗船しており、捕虜となった寺島を助けて匿った人です。

思い起こせば、30年ほど前の大河ドラマ「獅子の時代」がありましたが、その第1回が慶応3年(1867)のパリ万博から始まり、卯三郎こと瑞穂屋を児玉清が演じていましたね。懐かしい。

じつをいうと、卯三郎の墓は拙宅の近所の寺にあったのですが、数年前に卯三郎の郷里、埼玉県羽生市に改葬されてしまいました。
昨年だったか、私はそれを知らずに、地元の寺で一生懸命探し回ったことを思い出します。今度は羽生にも行かないといけないようで。
余談ながら、卯三郎は剣客でも知られる根岸友山の甥にあたるようですね。

次回は何を書くか、まだ決めていません。
このところ、眼前の仕事に追われて、ネタの仕込みを怠っていたので、そろそろ何とかしないといけません。

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【2010/11/29 23:38】 | さつま人国誌
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ながお
桐野様 こんばんわ

 寺島宗則、阿久根出身だと思っていたら、出水だったのですね。脇本海岸、よく海水浴に行っていました。薩摩は文化的にも多彩な人物が多いですね。新選組の初期メンバー根岸友山の名前が出てくるとは。人のつながりは、面白いです。
 ところで私は出水の郷士伊藤祐徳にとても興味があります。西南戦争で官軍に寝返った後の彼の人生を知りたいです。戊辰戦争時の日記が出ていますね。時代はかなりさかのぼりますが、薩州家の島津忠辰を思わせます。祐徳は、この間原口先生達とのクルージングで話題になってましたよね。私も「歴史への招待」最終回観てました。いつか「さつま人国誌」で取り上げて下さい。

薩摩の人材
卯月かいな
こんにちは。

薩摩の人材は本当にいろいろいて、幅広いですよね。
私は前々から大久保との繋がりで五代に興味があり、最近は高橋新吉、畠山義成、前田正名などなどを調べつつあるのですが、いわば彼らの親玉(?)の寺島はまったくノーマークでした(汗)
そういったあたりを調べていくと、かなり面白そうな予感がします。

「さつま人国誌」には、そんないろいろな示唆をいただいております。今後の連載も楽しみにしています。

歴史ブログ始めました。村田新八について調べたことなどを書いてます。お暇な時にでものぞいていただけたら幸いです。

伊藤祐徳
桐野
ながおさん

寺島宗則の出身地脇本は現在、出水市ではなくて阿久根市ですね。当時は出水郷だったようです。

伊藤祐徳については、私の郷里の人でもありますから、個人的に興味をもっております。
ただ、現知事の先祖ですからね(笑)。

高橋新吉・前田正名
桐野
卯月かいなさん

高橋新吉や前田正名については、私も書きたいと思っています。
鹿児島県立図書館前に「薩摩辞書」の石碑が立っていますしね。

そういえば、以前、京都の東山を散策していたら、前田正名の史跡にぶつかりました。彼の農学についても書きたいですね。

ブログなどたまに拝見しております。
頑張って下さい。

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この記事へのコメント
桐野様 こんばんわ

 寺島宗則、阿久根出身だと思っていたら、出水だったのですね。脇本海岸、よく海水浴に行っていました。薩摩は文化的にも多彩な人物が多いですね。新選組の初期メンバー根岸友山の名前が出てくるとは。人のつながりは、面白いです。
 ところで私は出水の郷士伊藤祐徳にとても興味があります。西南戦争で官軍に寝返った後の彼の人生を知りたいです。戊辰戦争時の日記が出ていますね。時代はかなりさかのぼりますが、薩州家の島津忠辰を思わせます。祐徳は、この間原口先生達とのクルージングで話題になってましたよね。私も「歴史への招待」最終回観てました。いつか「さつま人国誌」で取り上げて下さい。
2010/11/30(Tue) 23:49 | URL  | ながお #-[ 編集]
薩摩の人材
こんにちは。

薩摩の人材は本当にいろいろいて、幅広いですよね。
私は前々から大久保との繋がりで五代に興味があり、最近は高橋新吉、畠山義成、前田正名などなどを調べつつあるのですが、いわば彼らの親玉(?)の寺島はまったくノーマークでした(汗)
そういったあたりを調べていくと、かなり面白そうな予感がします。

「さつま人国誌」には、そんないろいろな示唆をいただいております。今後の連載も楽しみにしています。

歴史ブログ始めました。村田新八について調べたことなどを書いてます。お暇な時にでものぞいていただけたら幸いです。
2010/12/01(Wed) 09:04 | URL  | 卯月かいな #Kssq94Qk[ 編集]
伊藤祐徳
ながおさん

寺島宗則の出身地脇本は現在、出水市ではなくて阿久根市ですね。当時は出水郷だったようです。

伊藤祐徳については、私の郷里の人でもありますから、個人的に興味をもっております。
ただ、現知事の先祖ですからね(笑)。
2010/12/05(Sun) 10:11 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
高橋新吉・前田正名
卯月かいなさん

高橋新吉や前田正名については、私も書きたいと思っています。
鹿児島県立図書館前に「薩摩辞書」の石碑が立っていますしね。

そういえば、以前、京都の東山を散策していたら、前田正名の史跡にぶつかりました。彼の農学についても書きたいですね。

ブログなどたまに拝見しております。
頑張って下さい。
2010/12/05(Sun) 10:14 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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