歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
慶応元年(1865)、薩摩藩英国留学生たちは串木野羽島の港から密航して、イギリスに旅立ちました。
彼らのなかには、寺島宗則・五代友厚・町田久成・森有礼・吉田清成など多くの人材が含まれていました。

その出航の地に、2年ほど前からだったか、記念館建設計画が持ち上がっていたが、かなり事業が具体化しつつあるようだ。南日本新聞サイトのここを参照して下さい。

ここでは、鹿児島中央駅前の「若き維新の群像」では除外された高見弥一と堀孝之の2人もちゃんと取り上げられるとのこと。この記念館が充実したものになることを祈っているところです。

私も現地に行ったことがありますので、参考までに写真を載せておきます。
渡航の記念碑と、留学生たちが実際にグラバーの船に乗船したとされる磯のあたりの写真です。
留学生記念碑
留学生磯

なお、この事業を広く発信するために専用のブログも立ち上がったようです。
ここです。
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【2011/01/04 10:58】 | 幕末維新
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串木野潜伏始末
高橋信一
串木野潜伏中に、藩士の一人に変事が起こり死んだため、イギリスで行けなかった人物がいたはずです。そのこともきちんと検証して、追悼する形になることを願います。

町田猛彦?
桐野
高橋信一さん

お久しぶりです。
古いエントリーにコメント有難うございます。
英国留学生で死去したという人物は町田猛彦(久成の弟)のことでしょうか?

彼についてはたしかに変死説もあるのですが、猛彦の弟で英国に渡った町田清次郎(のち財部実行)が猛彦は罹病して留学を免ぜられたと証言しており、生存の形跡もあります。

変死説は再検討されるべきかと存じます。


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串木野潜伏始末
串木野潜伏中に、藩士の一人に変事が起こり死んだため、イギリスで行けなかった人物がいたはずです。そのこともきちんと検証して、追悼する形になることを願います。
2012/03/16(Fri) 13:36 | URL  | 高橋信一 #-[ 編集]
町田猛彦?
高橋信一さん

お久しぶりです。
古いエントリーにコメント有難うございます。
英国留学生で死去したという人物は町田猛彦(久成の弟)のことでしょうか?

彼についてはたしかに変死説もあるのですが、猛彦の弟で英国に渡った町田清次郎(のち財部実行)が猛彦は罹病して留学を免ぜられたと証言しており、生存の形跡もあります。

変死説は再検討されるべきかと存じます。
2012/03/16(Fri) 21:08 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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