歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今週、立て続けに愛知詣で。
どちらも信長がらみ。まあ、ご当地ですから。

ひとつは20日(日)、愛知県稲沢市で信長についての講演。
稲沢市には信長生誕の地である勝幡(しょばた)城があります(隣接の愛西市にまたがる)。

地元で、勝幡城を盛り上げて、町おこしにもつなげようという企画趣旨。
会場は市民会館だったが、これが広い広い。悠々2000人近くは入れそうな大ホールだった。
広すぎたせいか、参加者は6、7割程度だったか。それでもけっこうな人数である。

私は基調講演を担当。
信長の革命性と人間性」というすごいタイトルでの話でした。
主に太田牛一『信長記』から信長の面白そうなエピソードを抜粋して紹介。いくつかのカテゴリーに分けて、信長の人間性をかいま見ようという試みでした。
私は面白いエピソードだと思ったけど、参加者にそう思っていただけたかは定かでない。

あとで、メールをいただいたり、いくつかのブログを拝見し、けっこう知り合いの方々がおいでだったことがわかった。私が講演後も奥にいたので、接する機会がなかったのが残念である。


24日(木)は栄・中日文化センターでいつもの「信長公記を読み解く」講座に出講。
行きの電車が人身事故のため遅れて徐行運転だったので、少し焦る。

この講座も第4クールの2回目(通算20回目)になる。
テーマは「朝倉義景・浅井長政の滅亡
いよいよ元亀争乱の終幕でした。

今回は、長政の絶筆と思われる最後の感状(片桐且元の父孫右衛門尉宛て)を紹介したかった。
これこそ元亀争乱の幕引きだと思ったからである。非常に切ない感状だけれども。

もうひとつは本題から少しはずれるが、菅九郎信重こと、のちの三位中将信忠が小谷城正面の虎御前山の陣所から「御方」に宛てた書状(小川文書、8月17日付)。

問題は「御方」の人物比定。

引用元の『大日本史料』の編者は「生駒氏」と傍注している。信長の側室で信忠たちの生母生駒氏(『武功夜話』は吉乃とする)のこと。

しかし、生駒氏は天正元年(1573)時点ですでに他界しているはずで、これは別人だろうと推定。
もっとも、生駒氏の永禄9年(1566)他界説の典拠などはよく知らず、岡田正人氏の著書から拝借した。おそらく『武功夜話』か『織田家雑録』か。あるいは生駒氏の菩提寺の過去帳に記事があるのか。

永禄9年他界説がたしかなら、「御方」は生駒氏ではない。
私は帰蝶(濃姫)だと考える。
まず「御方」という呼び名じたい、北の方、正室、廉中を指していると思われること。

次に書中にさりげなく「同美濃之辰起(龍興)頸討捕候」とあり、斎藤龍興の討死を知らせていること。
敵味方になったとはいえ、龍興は帰蝶の甥にあたるから、信忠は身内の死を帰蝶に伝えたかったのではないか。

もうひとつは、信忠が帰蝶の養子になった節があること(『勢州軍記』)。
やはり正室の地位は高く、長男とはいえ、庶子である信忠を帰蝶が養子にすることで、信忠の家督継承者としての権威づけが行われたことを推定させる。また帰蝶も信忠の嫡母となることで、織田家中での地位を維持できる面もあったのではないか。

だから、信忠は養母の帰蝶に戦陣から書状を出して自身の身辺情報を伝えるともに、帰陣したら積もる話がしたいと述べて、母を慕う息子として振る舞っているのではないか。

もっとも、生駒氏の没年が天正元年以降に下るようだと、拙説は見当違いになるかもしれません。

終了後、いくつか質問を受けた。
そのうち、手もとに史料がないのでよくわからないから宿題にさせて下さいと答えたのがあったが、どんな質問だったかメモを紛失してしまった(汗)。受講者でご存じの方がおいででしたら、教えて下さいませ。

次回(3月)は「天正改元と譲位の申沙汰」と予告しておりましたが、今回、うっかり天正改元をやってしまいました(汗)。ですから、次回は少し内容が変わります。


新書や雑誌、連載などの原稿が重なり、さらに次の講演などの準備もせねばならず、なかなか一息つけません。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
人気ブログランキング



スポンサーサイト

【2011/02/26 12:12】 | 信長
トラックバック(0) |

宿題について
尾山
こんにちは。

先日は、講座終了後に質問のお時間を頂きありがとうございました。

失念された宿題というのは別口かも知れませんが、質問者の方が淀城攻略の秀吉の調略に触れ、

『山本山城主・阿閉貞征の寝返りは誰が調略したのか、秀吉は関係するのか』という件ではないでしょうか。

質問時間で、宿題と言われたのはこの件だったと思います。たぶん(汗)。
以上、一受講者のあやふやな記憶です。




御礼
桐野
尾山さん

ご教示有難うございます。
そうそう、阿閉の一件でした。
取り急ぎ御礼まで。

基調講演
サイト
桐野先生、こんにちは!
ちょっと時間が経過してしまいましたが,先日の稲沢での基調講演を拝聴させていただきました。
強調されていた鉄砲の有用性のお話が印象に残りました。鳶ヶ巣砦への援軍に持たせた鉄砲500丁,鉄砲奉行衆に使用させた1000丁以外に織田軍が鉄砲を所持していなかったとは考えにくいとのことでしたが,列挙されている奉行衆の面々が赤母衣衆や黒母衣衆などの側近であったものばかりである点からも他の部将達の部隊の所持している鉄砲は,この1000丁には含まれない,説得力があると思いました。
わたし自身は,専門の研究者でなく今のところ単なる歴史好き(信長大好きです。)ですが,このブログに記載される内容は興味深いものが多くよくチェックさせていただいています。
「信長公記を読み解く」講座なんかはとても受講してみたい内容ですが,働いているとなかなか・・
しかし,機会を見つけて先生の講演には是非また参加したいと思います。
遅ればせながらの感想でした。

「お方」について
ハンク
こんばんは。いつも勉強させてもらっています。
「お方」の比定、興味深く拝読させていただきました。一つ素朴な疑問なのですが、女性宛の場合、かな消息になるようにも思うのですが、問題ないのでしょうか。
大日本史料の生駒氏の比定は、伝「吉乃」を指してのことでしょうが、「永」(前田利長室)の母親も、信忠にも縁のありそうな「生駒氏」だったと思います。
永禄9年没については、生駒家、織田家、久昌寺の記録などもそうなっているので史実ではないかと思います。月日には異説もありますが…。

鉄炮
桐野
サイトさん、はじめまして。

コメント有難うございます。
また、先日の講演にもご参加いただき、有難うございます。

長篠合戦の鉄炮について、ご意見拝見。
拙説も少しは説得力があるのかなと思った次第です。

今後も機会があれば、ご参加下さい。

かな消息
桐野
ハンクさん

信忠書状、かな消息ではなくて、ふつうの男性向けの書状です。
ご指摘のとおり、たしかに女性向けなら、やや不自然ですね。

ただ「御方」は生駒氏であれ、帰蝶であれ、女性と考えるほかないと思われ、いずれにしても、通常の書状形式の文書が読める女性だったということでしょうかね?

あるいは、男性で該当者が考えられるでしょうか?
お気づきの点がありましたら、またご意見お聞かせ下さい。

「御方」の人物比定について
ハンク
ご回答ありがとうございます。
ご存知のことと思いますが、渡辺江美子さんは、出典の「小川文書」には信雄に関係する文書が多いこともあり、「御方」を信雄に比定していますね(「古文書研究」24号80頁の表註№4)。
他の信忠の「御方」宛、「御茶筅」宛との比較、および文面の分析が必要かも知れませんね。
信雄は北畠氏の養子となっても、この頃は岐阜にいた可能性もありそうですね。また、信長・信忠が出陣した時には、岐阜城で一時的に留守居していたのかも知れませんね。
今回取り上げられた信忠の書状は、内容をみると、なんとなく目下相手のような印象を持っています。何か不満を信忠に訴えてきたような感じです。出陣中に些細なことは言ってこないと思いますので、一緒に出陣したかったとこぼしたのかも知れませんね。「御方」が信雄かとうかも含めて、課題のままです。

御本所
桐野
ハンクさん

ご指摘有難うございます。
渡辺江美子さんの論文は所持していたのに、すっかり忘れておりました(汗)。

別の方からも、信雄ではないかというご指摘がありました。

考えてみれば、伊勢国司の北畠家を継いだ信雄は「御本所様」、多芸御所ですものね。
「御所」を名乗れる資格があるので、「御方」もありかなと思います。


信長
山ちゃん
信長の説は結構難しい物がありそうですね!これには、載っていませんが、ねねさんは、どんな人物だったのでしょうか?

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
宿題について
こんにちは。

先日は、講座終了後に質問のお時間を頂きありがとうございました。

失念された宿題というのは別口かも知れませんが、質問者の方が淀城攻略の秀吉の調略に触れ、

『山本山城主・阿閉貞征の寝返りは誰が調略したのか、秀吉は関係するのか』という件ではないでしょうか。

質問時間で、宿題と言われたのはこの件だったと思います。たぶん(汗)。
以上、一受講者のあやふやな記憶です。


2011/02/27(Sun) 12:17 | URL  | 尾山 #Tzwnz1rc[ 編集]
御礼
尾山さん

ご教示有難うございます。
そうそう、阿閉の一件でした。
取り急ぎ御礼まで。
2011/02/28(Mon) 01:22 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
基調講演
桐野先生、こんにちは!
ちょっと時間が経過してしまいましたが,先日の稲沢での基調講演を拝聴させていただきました。
強調されていた鉄砲の有用性のお話が印象に残りました。鳶ヶ巣砦への援軍に持たせた鉄砲500丁,鉄砲奉行衆に使用させた1000丁以外に織田軍が鉄砲を所持していなかったとは考えにくいとのことでしたが,列挙されている奉行衆の面々が赤母衣衆や黒母衣衆などの側近であったものばかりである点からも他の部将達の部隊の所持している鉄砲は,この1000丁には含まれない,説得力があると思いました。
わたし自身は,専門の研究者でなく今のところ単なる歴史好き(信長大好きです。)ですが,このブログに記載される内容は興味深いものが多くよくチェックさせていただいています。
「信長公記を読み解く」講座なんかはとても受講してみたい内容ですが,働いているとなかなか・・
しかし,機会を見つけて先生の講演には是非また参加したいと思います。
遅ればせながらの感想でした。
2011/03/02(Wed) 19:54 | URL  | サイト #RH.8z0jo[ 編集]
「お方」について
こんばんは。いつも勉強させてもらっています。
「お方」の比定、興味深く拝読させていただきました。一つ素朴な疑問なのですが、女性宛の場合、かな消息になるようにも思うのですが、問題ないのでしょうか。
大日本史料の生駒氏の比定は、伝「吉乃」を指してのことでしょうが、「永」(前田利長室)の母親も、信忠にも縁のありそうな「生駒氏」だったと思います。
永禄9年没については、生駒家、織田家、久昌寺の記録などもそうなっているので史実ではないかと思います。月日には異説もありますが…。
2011/03/03(Thu) 18:30 | URL  | ハンク #-[ 編集]
鉄炮
サイトさん、はじめまして。

コメント有難うございます。
また、先日の講演にもご参加いただき、有難うございます。

長篠合戦の鉄炮について、ご意見拝見。
拙説も少しは説得力があるのかなと思った次第です。

今後も機会があれば、ご参加下さい。
2011/03/05(Sat) 00:26 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
かな消息
ハンクさん

信忠書状、かな消息ではなくて、ふつうの男性向けの書状です。
ご指摘のとおり、たしかに女性向けなら、やや不自然ですね。

ただ「御方」は生駒氏であれ、帰蝶であれ、女性と考えるほかないと思われ、いずれにしても、通常の書状形式の文書が読める女性だったということでしょうかね?

あるいは、男性で該当者が考えられるでしょうか?
お気づきの点がありましたら、またご意見お聞かせ下さい。
2011/03/05(Sat) 00:31 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
「御方」の人物比定について
ご回答ありがとうございます。
ご存知のことと思いますが、渡辺江美子さんは、出典の「小川文書」には信雄に関係する文書が多いこともあり、「御方」を信雄に比定していますね(「古文書研究」24号80頁の表註№4)。
他の信忠の「御方」宛、「御茶筅」宛との比較、および文面の分析が必要かも知れませんね。
信雄は北畠氏の養子となっても、この頃は岐阜にいた可能性もありそうですね。また、信長・信忠が出陣した時には、岐阜城で一時的に留守居していたのかも知れませんね。
今回取り上げられた信忠の書状は、内容をみると、なんとなく目下相手のような印象を持っています。何か不満を信忠に訴えてきたような感じです。出陣中に些細なことは言ってこないと思いますので、一緒に出陣したかったとこぼしたのかも知れませんね。「御方」が信雄かとうかも含めて、課題のままです。
2011/03/05(Sat) 10:40 | URL  | ハンク #-[ 編集]
御本所
ハンクさん

ご指摘有難うございます。
渡辺江美子さんの論文は所持していたのに、すっかり忘れておりました(汗)。

別の方からも、信雄ではないかというご指摘がありました。

考えてみれば、伊勢国司の北畠家を継いだ信雄は「御本所様」、多芸御所ですものね。
「御所」を名乗れる資格があるので、「御方」もありかなと思います。
2011/03/05(Sat) 23:36 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
信長
信長の説は結構難しい物がありそうですね!これには、載っていませんが、ねねさんは、どんな人物だったのでしょうか?
2011/07/12(Tue) 02:06 | URL  | 山ちゃん #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。